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2021/03/15 14:00



「うぁーめっちゃはずっ、隠れたい、思い出したくない・・・」

思い出しただけでも恥ずかしく、屈辱を感じたあの日。

そう、誰しも経験があること。

覚えていますか?
その屈辱的な経験は、あなたの心に傷をつけましたか?

もうあの辛い感じを
二度と味わいたくない・・・

そう、屈辱的で、辛く、悲しい、
恥ずかしい経験で傷ついてしまい、

何か物事をやる時、二の足を踏み、
トライすることを回避している自分はいませんか?

フとした瞬間、その屈辱感、劣等感が
現れてしまう。

思い出したくもないあの時の苦い経験が
恐怖となってしまうこと。

会議での発言、プレゼン、スピーチ、セールス、
人前で話すこと、発言すること、
初対面の人との会話などなど・・

過去の失敗や屈辱が尾をひき、
もうあんな屈辱的なこと味わいたくないという
恐怖心が発令され、前に出ることを回避する。

もうあんな屈辱的な感情で
自分が傷つくくらいなら、
やりたくない。

自尊心の喪失への恐れ。

困難な状況を避け、
絶対に取る必要のないリスクを
冒すことを避け、挑戦する勇気を喪失し、

慣れ親しんだルールや
コンフォートゾーンに固執してしまう。

他人にどう見られているか、
どう思われているのか、
判断されているのかが不安で、

他人に恥ずかしい思いや屈辱を与えられないかと
恐怖になり、否定的で、間違いを恐れる。

たとえ行動したとしても、
不安と恐怖で中々眼前に集中できていない状態。

もう味わいたくない恐怖が引き金となり、
赤面、発汗、震え、動悸、
吐き気、吃音、極度の恐怖や
パニック発作などを引き起こすリスクが高まる。

また恥ずかしい思いや屈辱を与えられないかと
不安がつのり、そのような状況を避けるため、

自分を閉じ込めてしまい、
殻に閉じこもり、
他人とのコミニケーションを避けてしまう。
トライしなくなる。
あえて後退の道を選んでしまう。


「私が何か話しをするなら、人は私について
退屈に感じ、噂話をしたり、憎んだり、私のことを笑い、
私を判断されるかもしれない」

そこで、どうしたら、自信をもって、
これら屈辱を跳ね返すことができるのか。


1)自尊心



「屈辱」と捉えてしまう、
それに感情が反応してしまうのは、
体の化学的、電気的反応です。

だからこの屈辱と捉えるイベントは
人によってまちまちです。

ある人にとっては仕事中に感じるし、
ある人にとっては自分の外見かもしれないし、
ある人にとっては人と対面中かもしれません。

何があなたの屈辱をかき立てるのか、
その引き金になるものを前もって
知っておくことがまず大事。

その時、自分の自尊心が低く、自己肯定感が低い状態、
自分の価値を低く置いている、自信のない状態だと、

取るに足らない些細なイベント事でも、
それに失敗感、屈辱感がより敏感に反応して感じとってしまい、
より傷ついてしまう。

自尊心は、失敗や屈辱に対して
強力な防衛策として機能することは
研究でも明らかになっているから。

例えば
自分と他人を比較することは避けることや、
「私にはできない」という否定的なセルフトークを
「これは難しいが、私はそれを乗り越えることができる」
など希望の言葉に置き換えたりなどで
自尊心が低下するのを防止する。

他にも、自尊心の低下を防ぐ具体的なコツとして
下記の過去記事で記載していますので
よかったら見てみてください。理解が早まります。

■自己不信に立ち向かうための7つこと


自分の自尊心が強いほど、
屈辱を受ける可能性は低くなるということ。


2)間違っても大丈夫



期待する結果がでなかった時、
思い通りにいかなかった時、
自分の思い描く理想のパフォーマンスが
発揮できなかった時、

その自分への期待値が高ければ高いほど、
できなくなった時に、屈辱が大きくなります。

失敗は学習プロセスの一部であるということ、
うまくいくためには避けては通れないのが
失敗の道であるということ、

屈辱的な記憶が浮かび上がってくる時は、

この屈辱感が起きても大丈夫。
自分だけが感じるわけじゃない。
これは人生の1つの経験にすぎないということ、
この経験から結局は回復できることを知っていると
自分に言い聞かせてあげること。

自分自身に過度のプレッシャーをかけたり、
過度に自分の結果を期待しすぎない。

パフォーマンスへの期待を
健全に感じることが重要。



3)自分の人生、意味、目的を探す



自分の人生、意味、目的を見つけること。

自分にとって最も重要なこと(コアバリュー)を
理解していますか?

どうすれば今の優先順位を変えることができ、
コアバリューを最優先、つまり何よりも
一番上に置くことができるのか?

何かに向かう為、前進するためには、
目標や行動する意図、動機がいる。
自分の根幹を深く掘っていく作業がいる。

自己認識力を高めていく、つまり内省。
内省する時間を確保する。

自分自身に焦点を合わせ、

私たちは、本当の意味で誰なのか?

・目標、夢、挑戦、情熱は何なのか?
・自分のコアバリューは何なのか?
・自分の強みやスキルは何なのか?
・恐れは何か?
・何が自分を笑わせ、何が泣かせるのか?

自分の長所と短所、不安や歓喜、
あなたにとって最も重要な人生の目標を、
特定し、分析する。

ちなみに長所の把握、
勝利のリスト化(小さな成功体験)などは
自分のポテンシャルの再把握、新発見、
障害を乗り越える突破力のきっかけになったり、
「制限している」ものをとっぱらう為の
大きな後押しに役に立ちます。

これらを目指し、しっかりと自覚し、
持っていると、だれも、いかなるイベントも、
あなたを屈辱にさせることはできません。


4)「だから何?」



屈辱的な感情が浮かび上がってきたり、
そのような感情に他人からさせられそうになった時は、
この一言で終わりです。

「だから何?」と。

1)の自尊心を高めて誇りを持ち、
3)の自分が目指している人生の羅針盤、
コンパスは何なのか?を深堀りし、明確にしていけば

「だから何?」「だからなんなの?」で一発KOです。


5)許すこと



過去は変えられない。
でも過去への接し方、付き合い方は
今すぐにでも変えられる。

過去の屈辱感、恥ずかさしを認めずに、
無視したり、奥底に追いやり抑圧し続けても、
時間と共に再び顕在化してくる。

いかなる時も浮上し、つきまとい、
どれだけ何かを達成しても、日常に不満になり、
満足感を妨げてしまう。

その傷に対処し、感情を認めてあげて、
通行許可を与えるように取り組んだ時、
雲間から光りが差し込み、未来に影響を与える。

自分を許すことができなかったことに
同意すると、
将来の屈辱や恥ずかしさの可能性は
大幅に減少する可能性があるということ。

自分の中で成長した強み、得た知恵に
焦点を合わせること。

その苦境があって、ようやく今の自分があり、
その逆境力、回復力(レジリエンス)に
自信と誇りを持ち、前進するとで、

後悔の物語が再編集され、
レジリエンスや、生きていることを
思い出させるものにする。

犠牲者的感覚をやめ、その経験があったからこそ
自分が望む人生を創造することができると捉え、

積極的にアプローチしていくことが必要であり、
物事が起こるのを待つのではなく、
物事を自らで起こさせていく。


屈辱感にいる自分に対して
「今どう思っているか?」と自問し
今の自分の感情を、正直に紙に書きだしていく。

「何もない。空っぽ。何もやる気がおきない」でもいい。

そして、また「なぜ自分は空っぽに感じているのですか?」と自問する。
理由を書きだしていく。

そして、結局は4)の「だから何?」を自問する。


常に、顕在化してくる屈辱感は、
あなたの中で何かもっと深いことが
起こっていることを暗示している、

内側へ注意を向けるよう促す
シグナルである可能性がある。

傷と向き合い、その傷を
愛することを学ぶには勇気がいるけど、
自分を愛してあげる必要なステップでもある。

過去のイベントを取り去ることはできない。
でも自分の感情を感じ、積極的に受け入れ、

それらに執着し、固執し、脚色したりせずに、
受け入れて、許してあげ、流すこと。

あなたは何も悪いことはなく、自分はとても愛らしい。

人生が再び活気が溢れ、浮上してきたり、他人が
しむけてきても、

もはやそんなのは古い過去。だから何?
誰もそんなこと気にしていない。
過去は過去で、何も今は問題ではないということ。

昔に固執せず、
前に焦点を合わせることで
過去の屈辱は問題ではなくなるから。



いかがでしたか?

他人から屈辱的で恥ずかしくさせられたり、
過去の傷が浮上した際は、
これらを少し頭の片隅へ。

だから何?と笑い飛ばせれば、きっと
人生は軽く、ラクになるはずだから。


おあとがよろしいようで。
今日はここまで。
おしまい。