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2021/09/17 14:00

あなたは大事な友達、親友を
無くしたことはありますか?

ここでは死別ということではありません。


その理由は、意見の衝突、
愛想をつかした、
結婚、子供、仕事などライフイベントなど、

色々あるかと思います。


友人の喪失っていうのは
時に辛いことがありますよね。

仲が良ければ良いほど、
その喪失後にくる悲しみは
大きくなり、

長く痛みを引きずることもあります。


理由や状況によっては、

深く心が傷つき、
人間不信に陥ったり、

自身を責めてしまう罪悪感や後悔、
自尊心の低下、自己否定に
繋がることもあるほど。


ふと1人になった時、

急に喪失感、怒り、腹立たしさ、
悲しみ、後悔、残念感など、

否定的な気持ちが
突然、襲ってくる時もあります。


友人の喪失によって生まれる感情を
建設的に対処する方法として、



1)内省する



友人を喪失した後にくる悲しみや
怒り、後悔などの諸々生まれる否定的な感情。

これら感情を感じないようにしようと

感情を無視して、フタをしない。

このような感情回避は、
適切に悲しみを処理したことにはならない。


否定的な感情(現実)と向き合うことは
傷口を消毒する作業。

傷口がしみて、
その時は痛みが生じる。

でも傷口を適切に処理ができ、
ケアでき、治癒でき、

長くずるずると
痛みで足をひっぱられることもなく、

ましてや先送り、放置して小さな傷が拡大して
大きなダメージとなってしまうという
リスクもない。

否定的な感情である自分の気持ちが
処理され、前進するのに役立つから。


そして、

「友情はあなたにとって
どんな意味がありましたか?」と自問する。


どんな形の喪失であれ、

その友人が、

あなたにとって何を意味し、

自分の人生でどのような役割を
果たしたかを考えることは、

喪失による否定的な感情の処理に
役立ちます。


そして、

友情の喪失というのは、

ひとりになったからといって大丈夫、
なんとかなるという、
自立や楽観を学ぶ、

良いタイミングであり、
学ぶための素晴らしい時間でもあり、
シグナルでもあるということ。


2)ジャーナリングをする



自分の気持ちを無視せず、
友人や親しい人に相談できる環境であれば、
胸のつっかえは、ほぐれやすくなるけど、

そういう人が回りにいない時は
ジャーナリング(日記)がおすすめです。

全ての感情を紙に吐き出します。

ここで言うジャーナリングとは
単に今日の出来事を日記にして書くことではなく、

本当の自分を解放する作業。

悲しみから失望、怒りまで、
何でも自由に表現できます。

脳からノートへ。

モヤっとした、目に見えない
無色透明の「感情」から
紡ぎ出された文字は、

まるでシルエットが
浮かび上がってきたように、
形となって顕在化し、

自身の頭が整理され、
自分を客観視できるきっかけにもなるから。


ジャーナリングをしている最中、
友人との何気ない会話、
大事な思い出がたまに蘇ってきたりします。

悲しいですか?辛いですか?

「こんなふうに思ってはダメだ」
「凹む、傷つきたくない」と
フタをしない。

そう感じても問題なく、
それはごく普通のことだということ。

目をつぶらずに感情に対峙する。


ただし、執着はしない。


その時のモヤっとした感情を
文字に起こして顕在化させておく。


これら後で読み返すと

自分の”思考の流れ”に気付きがあったり
客観的に観察でき、

自分の感情を
傍観できるようになるから

「こんな風に思う傾向があるんだー」
「この時、こんなことがあって、こう思ってたなー」
「意外と自分はこういう時、こう思うんだな」

感情のトリガー(引き金)を把握できたり、
回避できたりなど、

教訓を活かせたり、
新たな自分の発見にも
繋がったりもあるかもしれない。

とにかく素直に、オープンに、
自分の気持ちを書いておくこと。


しかし、言えることは、

例えどんな友情の終わり方をしたとしても、

共有した瞬間は、
かげがえのないもので、

たとえあなたを
深く傷つけたとしても、
それらを見逃し、受け入れ、

固執することなく、
良い時間だったことを大切にすること。

とても価値があることだったから。


過去の時間を
否定的に解釈する必要はない。

このように定期的に自分を解放する
習慣をつけること。



3)非永続性を受け入れる




結婚、子供、就職、仕事、
引っ越しなどのライフイベントによって

かつては仲が良かったけど、

中々連絡を取り合えなくなったり、
予定を合わせずらくなったりと

嫌いになったわけではなく、

これまでと同じように、同じ友人と
過ごす時間の優先順位を
再考せざる終えない時があります。

ごく自然なこと。

ずっと物事が永遠で
あるという保証ははない。

人は、物事全てを
「ずっと永遠に続くもの」
というのを大前提に考えがち。

人間関係、友情も同じ。

何についても、
永続性というのはただの幻想にすぎず、

絶えず変化するということ。

物事が永遠に続くという考えに
固執するのではなく、

何があっても過ぎ去るということ。

私たちは常に成長し、
進化している。

保育園や幼稚園、小学校、中学、高校、
大学、仕事など、

形成期の頃の友人。
この人達がいなかったら、
人生はどれほど大変だったかを考えてみる。

これまでの人生において
少なからず良いも悪いも、
なにかしらの影響は
与えてくれたことがあったはず。

友情の終わりや喪失は、
その役割を十分に果たし終わったということでもあり、

そして、自分自身について
もっと学ぶ機会を得るときだということ。

古くからの友人を失うことは
とても悲しいことではあるけれど、

最終的にはそれによって
自己成長できたことで友人に感謝する。

「すべてが変化し、永遠に続くものは何もない」という視点は、
「無常」という仏教の概念です。

この無常観を受け入れることで、
心が軽やかになり、
喪失後の悲しみから、立ち直りを
より早めてくれるのにも役立ちます。

■非永続性を受け入れる(過去記事)



4)セルフケア



友人の喪失によって生まれる否定的な感情に
立ち往生してしまい、

落ち込み、ネガティブな
反芻思考が止まらず、

食事、睡眠、身なり、
身支度、身辺整理、清潔感など、

プライベートなことが

どうでもよくなったり
怠惰になったりなど、

日常に影響が出てきてしまう時、

規則正しい生活を心がけることで
悲しみをある程度
コントロールできるようになる。

早く寝て早く起きるようにする。

睡眠前の読書、ルームスプレーやアロマ、岩塩ランプ
スマホは寝室以外に置くなど、
自分なりの睡眠儀式を確立する。

また悲しみや否定的な感情は、

食欲を低下させたり、
逆に過剰摂取してしまう。

野菜&フルーツを中心とした
栄養豊富な食事を摂取するよう努める。

そして軽めの運動や瞑想を採用し、
過去の後悔や未来の不安などの否定的な思考から
今、この瞬間に、フォーカスし、集中する。

自分の感情を、受け入れることが
できるように、手助けをしてくれる。




いかがでしたか?

友人の喪失は、
自己を学ぶ良い機会にもなる。

また時間というものが
この傷を癒し、解決してくれる。


自分の人生という舞台は、
これからも生きている限り上映され続ける。

たまたま今の舞台では共演がないだけ。

友人は友人の舞台を精一杯演じている。

自分の人生の舞台の脚本は
いつも自分の中にある。

人生のどの段階、どの舞台でも
自分を支えてくれる人やサポートしてくれる人、
楽しみ、笑顔、やる気を
もたらしてくれる人は必ずいる。

必要であればまた
新しい友人を作っていけばいい。

あなたのことを心から待っている人、
あなたと波長が合う人は、

どのステージにいても、
どこかに必ずいるはず。



おあとがよろしいようで。
今日はここまで。
おしまい。


Good virtues(グッドバーチューズ)