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2021/06/14 14:00




辛い状況、悲しい状況、
最悪な状況、困難な状況に陥った時、

いつまでこれが続くんだろうと
絶望を感じ、それが永遠に続くかのように
思えたことはありますか?

良い時も悪い時も含めて
物事に「永続性」というものはなく、
永遠にそれが続くことはないということ。


絶えず、バイオリズムがあり、
変化を繰り返している。

この、ずっと続かない、
非永続性という認識というのは、

自分が困難な感情状態に
陥ったときにとても役に立つ。

そう、物事が永遠に続くという考えに
固執するのではなく、

何があっても過ぎ去るということ。


他にも、人間関係、仕事、
友情、国籍、地位などもしかり。

私たちは、物事をそのまま
維持したいとも考える。

なぜなら永続性は安全なように感じるから。

何についても、永続性というのは
ただの幻想にすぎず、

絶えず変化するということ。

また人生についても、
本質的には一時的であり、
非永続的だということ。

人生は絶え間なく流動的であり、
変化は避けられないということ。


私たちの感情、思考、体の細胞に至るまで
全てが絶え間なく変化しつづけている。

人間は約60兆個の細胞で構成されていて
その約1%が毎日新しく入れ替わる。

6,000億個の細胞が死んで、
新たに約6,000億個の細胞が細胞分裂で
誕生している。

つまり毎日が新しい自分で毎日が
誕生日ってこと。


私たちは常に成長し、進化している。

毎日、何も変わらないと嘆く必要はない。

5年前の過去の自分と比較し、
まったく全てが完璧に同じであるわけがなく、

全てにおいて、マイナーチェンジ、
変化しているということ。

この非永続性であるという
「すべてが変化し、永遠に続くものは何もない」という視点は、
「無常」という仏教の概念でもある。


この無常観を受け入れることで、
心が軽やかになる。


離婚、失業、事故、死別、
経済的損失など予期せぬ時に、急に出てきた時、

他にも、コロナ禍、失業、経済停滞、
身近な人の感染や死、イベントのキャンセル・・・


これらが永続的に続くと思うと
不安になり、心配にもなる。


はたまた、

人間関係、所有物、地位、
アイデンティティ、自分の存在など

自分の人生について考えた時、

これら全てがいつかなくなってしまう、
いつか死ぬんだという事実を
受け入れることは怖いし、
不安を誘発する。


快も不快も、いずれにしても、
その前提としてあるのが、

物事全ては「ずっと永遠に続くもの」
というのが根底にある。


ずっと永遠に続くものなんてものは
ないんだということ。


非永続性というのをしっかりと認識し、
それを受け入れるのはもちろん
簡単なことではない。


しかし、物事は、全ては変わるし、
終わるんだという非永続性。

その現実に、いつかは
対処せざるを得なくなる日がくる。

その変化を受け入れれば受け入れるほど、
後に遭遇するであろうそういった状況が
突き付けられた時、

損失を被った時に感じる苦しみや
不安を最小限に食い止めることができる。


非永続性であるということ、
無常観を意識して受け入れる。

逃避するのではなく、忍耐強く、
しっかりと考えられ、困難な状況を克服できる。


全てのことは
「始まりは終わりだ」と意識することで、
現在への感謝を育む。

また、その物事を楽しむことの
重要性であったり、

自分でコントロールができない不可抗力な
イベント事に対して、

深く思い悩み、抑うつ状態で
立ち往生することなく、

物事が起こっている中でも前進し、
今しかできない挑戦するための勇気の重要性に
目覚めさせてくれたり、

すべての貴重な瞬間を使っていこうと
決心できるきっかけにも役立つ。


そこで、この無常観を受け入れるコツとして、


1)無常を定期的に考える



人間関係、動物、木々、植物、
星、空、海、太陽、自然・・・

自分の周りにあるものでも、
なんでもいい。

人生のあらゆる「ずっと続くであろう」
「ずっと続きそう」な物事は?

結末に注意を払うための
考える時間を確保する。

これらがまったく同じ状態で、
ずっと永遠に存在することはない。

絶えず形を変え、刻一刻と姿を
変えているということ。

下記のようなことを
自分に優しく伝えます。

「全てに始まりがあり、終わりがある。
同じ日はもう二度とやってこない。

私のこの状況も、この心も、
この感情も、この身も、関わりの全ての人も、

始まりがあり、いつか終わりが
やってくる。

永続性という概念にしがみつかず、
自分は人生の無常を受け入れる。

受け入れて、それをそっと
手放します。

そうすることで恐怖や不安から解放されます。

自分の可能性に感謝します。

全ての瞬間が貴重な時間です」



2)期待にとらわれない



私達は家族、キャリア、結婚に対して
高い期待を持っていて、

それらがずっと続くものであり、
永遠は当たり前と期待している。

しかし、永遠に続くものは
何もないということ。

過度な期待にとらわれない。
人生に対する過剰な期待は、
喪失、失望、痛みに
見舞われるリスクが高まるから。


人間関係において
薄情に思われるかもしれないけど。

特に結婚は典型で、私たちは、
初期の恋愛のころの愛し方、接し方に
しがみつかずに、

常々、年々、日々、関係を発展、成長、変化する
ものであるということを理解する。

非永続性を受け入れること。

結末への意識は、
日々の感謝にも繋がる。

ずっと当然永続的であるだろうと
執着しないこと。

その執着が、私たちを足止めし、
制限してしまうことっていうのも
多々あるから。

基本的に、変化というのは
止めることはできない。

その変化を、自身がうまく
コントロールできること、なのかもしれないし、
コントロールできることではない、のかもしれない。

このことを受け入れたら、
手放すことを学びます。

そしてコントロールできないものを認識し、
コントロールしようとするのをやめるとき、

非永続性を受け入れられる。

自分や、愛する人も含めた他人、
物事は、非永続的であり、
無常であるということ。



3)小さくはじめる



物事は非永続性であるという無常観を受け入れ、
信念レベルまで深く理解するため、

毎日の生活に、少しでも、
変化や工夫を加えて、変わっていくことを
自らで体感することが重要になってくる。

簡単なことでいい。

・いつもより10分早く起きてみる。
・瞑想をまずは3分間やってみる。
・いつもと違うメニューを注文する。
・エレベーターを使わずに階段でいく

これらのように、
小さく変化を加えるための
環境を整えていく。

それが積みあがっていけば
自然と自分自身も変化し、
更には自信も高まり、無常を受け入れる能力も
向上していく。

自分の成長を感じ取り、
必然的に強くなる。

変化を継続的に受け入れる環境での
日々の訓練は、

例え恐怖を感じても
暗闇、嵐の中、火中であっても、

立ち往生せず、永続性への喪失、
変化による不安や恐怖を軽減し、

変化し、受け入れ、前に進んでいくために
役に立つ。

しっかりと、自分の過去を振り返り、
些細な事でもいいので、

自分の進歩具合を祝福し、
噛みしめ、盛大にその達成を味わうこと。


4)瞑想&呼吸を整える



瞑想中は、思考が未来に行ったり、
過去にいったりと行ったり来たりを繰り返す。

思考は浮かんでは消えを繰り返す。

浮かんだ映像に、特に深い意味付けはせず、
ただ通りすぎさせるだけ。

自分の思考に執着することなく、
自分の思考の動き、流れを観察することに
慣れれば慣れるほど、

一時的で、非永続的な性質、
流動的で、変化しているんだということを
色々と認識し始める。

あらゆる物事の変化、
あらゆる人間関係の変化を
目撃することにも慣れてくる。

特に呼吸の繰り返しというのは、
1:入ってくる息に注意する
2:呼吸の物理的な感覚に注意する
3:呼吸を止め、今ここにいる自分に気付いてください。
4:呼吸を吐き、身体から息が出ていく感覚に注意をはらう。


瞑想や呼吸により
非永続性というものを体感する。

息を吸い、息を吐き出す。

この呼吸という行為。

吸う、吐く、どちらかにしがみつき、
どちらだけを永続的にしてしまうと
私たちは呼吸ができなくなります。

一瞬一瞬、今に焦点があたり、
非永続性という現実をより容易にリアルに
受け入れることにも役に立つ。



5)変化を受け入れる



人は変化を嫌います。変化することの恐怖は
未知なる恐怖とも隣り合わせ。

変化は止められない。

受け入れる。

状況を必死に阻止しようと
自分の思い通りにならない時はある。
そういうことだってあるんだということ。

変わることを止めようと
強引に抵抗せず、許可する。

時々、それらをただ窓から
雷雲が過ぎ去るがごとく、
ただ傍観しているうちに、雲間が過ぎ去り、
何かが変わる時というのがやってくるから。


変化を嫌い、不安や恐怖は、その場に留まらせ、
思考が制限され、立ち往生することもある。

・失敗の不安
・永遠に一人でいることへの恐怖
・友達関係がなくなる恐怖


これら永続性の喪失による不安や恐怖に
固執せず、縛りから終了することについて
前向きであるということは、

変化を受け入れ、新しい次なる
世界やステージに向かうための

前向きで、ポジティブな
アクションになるから。

恐れだけでそこにとどまることはない。

非永続性を認識し、
変化を楽しむこと。
変化する機会を探すこと。


6)死別者への祈り



墓地や仏壇など何でもいい。
死別した祖父、祖母、身内、友人・・・
静かに目を閉じ、手を合わせ、祈ること。

その後、物思いにふける静寂の時間を
確保する。

時間は有限だという感覚、
命の始まりと終わり、瞬間の貴重さや
非永続性という感覚を感じ取る。

いつの日か自分も
いなくなる日が来るやってくるということ。

それについて不安や
心配になる必要はまったくない。

非永続性、無常、
結末を意識するということは、

苦悩を減らし、より深く、より充実した人生を
送るためのツールになる。

この物思いにふける時間、
どのように自分は感じているかについて
注意を払っておくこと。



いかがでしたか?

物事に永続的なものはないことを受け入れ、
本質的には一時的であるということ。

悩みや不安や恐怖、後悔に執着せずに
解放する。

二度と時は戻らない瞬間、奇跡に感謝し、
喜びを楽しみ、トライし、味わうこと。


おあとがよろしいようで。
今日はここまで。
おしまい。