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2021/03/12 14:00



「私、生きている意味あんのかな?」
「何のために生きているんだろうか」
「どういう意味で生まれてきたのだろう?」

このような問いを
投げかけたことはありますか?

自分の人生や存在意義を問う。

深い疑問を抱く瞬間。

これを実存的危機という少し難しい言い方が
心理学や精神科学ではあるのですが、
それはおいといて。


人生の「本当の意味は何なのか?」と壮大で、
解決しない、スケールの大きな疑問を、
自分自身に投げかけてしまい、

それによって人生のコントロール感が低下し、
不安になり、怖くなり、自信がなくなり、
日常が不満になり、つまらなくなり、

果ては、うつ病、引きこもり、存在意義の低下など
メンタルバランスが乱れてしまうというもの。

生きていると、誰しもが
経験することであり、それ自体はおこしなことではなく、

ただし、長期間それが慢性化してしまうと、

気分が落ち込み、
否定的な感情、行動へとシフトされていき、

それにより、生活の質、幸福感の低下を
招いてしまうということ。


自分を疑ってしまう。

実存的危機は、下記のような
ライフイベントの後に発生することがよくあります。

・就職、転職
・失業などの突然の状況変化
・身近な人の死
・大病を患った時やそのように診断された時
・40、50、65など一定の年齢の区切り
・悲劇的、トラウマ的な体験
・子供を持つ
・結婚または離婚
・引っ越し

本当にこの仕事でよかったのだろうか・・・

恋人はこの人でよかったのだろうか・・・

これまでの人生これでよかったのだろうか・・・


今、このコロナ禍で、失業に見舞われた人、
うまくいってない人、
またコロナに感染してしまった人、

世界はどうなってしまうのか
というコントロール不可な大きな
問題(環境問題や気候変動なども含めて)への
過剰な不安と心配で、

過度にストレスを
かけてしまうようになった人など

生活が突如として不安定になると
この実存的危機を感じやすくなり、

それにうまく対処できずにいる人が、

世界中で急激に増えているとのことで
昨今、メンタルヘルスの重要な問題に
なっています。


自分の人生に意味、目的、または
価値があるかどうかなど、
答えのない、どうしようもない問いを
自問し、しつこく疑問視してしまう。

ひょっとして間違ってるんじゃないか?という恐れ。

自分のアイデンティティーが崩れてしまうような、
自身の人生の歩みを疑問。

過去の決定について後悔していると感じてしまう。

特に現状が想定よりうまく物事が進んでいない、
確信のあった自信や想定が崩れてしまっている状態、
状況を制御できない状態、どうしようない状態の時に
この危機を感じやすくなる。

自分自身の存在意義について
問いかけてしまう瞬間。

答えがない、正解がない、
未知なる、苦痛な自問。

見えない、解決しない自問により、
どんどん不安や恐れが苦痛が増していく。

それらが前進することを妨害し、
失敗を回避しようと、動けなくなる。

日常に無意味さを感じ、
何を、どうすべきか、自分は何者なのか、など迷走し、

目的が不明確、不明瞭に陥り、

自信がなくなり、自分で責任が負うということが
できなくなり、放棄し、投げ出し、
意思決定ができなくなり、
人生が立ち往生していくという

負のスパイラルにはまってしまう。

ただ言えることは、

人間、誰しもこのような壮大で解決不能な、
自身のアイデンティティーや人生において
疑問を投げかける瞬間というのは必ずあり、

それは、何も自分だけではないということ。

それはいたって正常であるということを
理解しておくこと。

お金があっても、なくても、
年齢が何歳であっても、どんな職業でも
関係ありません。

感じる時期がきます。

でも、それは、自分の新たな道、
新たな自分、本当の、真の、
コアな自分を見つけるための重要な
シグナルであるということ。

決してネガティブな
情報ではないということ。

もっといい感じで知らせてくれよと
思うかもしれないけど、

このようにして知らせるしか方法を
持っていない人間の構造、
神様がこうデザインしたのだから
しかたのないシグナルであるということ。

壮大なテーマに危機意識、疑問を持ち、

不安になり、自己を見つめて
研ぎ澄ますということは、

他の動物にはできない
人間が過酷な世界を生き抜いてきた
知恵だから。


自分と正直に向き合い、
本当の自分を見つめなおす
絶好のチャンスであるという
シグナル、サイン、ギフトであるということ。

人生の意味を見失う危機の中から、
意味を見出し、
暗闇の中でも安らぎを見つけること。
絶望の中でも光を発見すること。

自己成長するための
シグナルであり、
それはあくまでただの
情報にすぎないということ。

実存的危機を乗り越える方法として、


1)すべてを知ることはできないことを受け入れる



私達は不確実性な物事に
すぐに答えを求めたがる傾向がありますが、

結局のところ、私たちは所詮人間。

そのすべてにおいて
知ることはできません。

そのことを受け入れること。

壮大な疑問への正しい答えを
見つけることを期待しないこと。

答えがそもそも論で存在しえないんだ
ということを理解すること。


2)ジャーナリング



毎日、数分間、数行でいい。
ここで言うジャーナリングとは日記ではなく内省。

実存的危機の内容、その時の思考は?
どう思っているのか?
もっとも恐れているものは何か?など
自分の疑問、感情をどんどん記録していく、
思いのたけを書きなぐる。

自分にとって本当に重要なことが整理されたり、
思考の微妙なパターンが見つかったりする。

他にも、

今の自分の好きな部分を書いてみたり、

これまで人よりもうまく、早く、簡単にやれた、
褒められた、達成した、
上達した勝利のリストを書いてみたり、

愛する人との生活をより豊かに、
より楽しくする方法について書いてみたり、

小さくて意味のある出来事に注目した
感謝の日記を書いてみるなど。

無味無臭の人生に”意味”を見出し、
自分の好きなところを肯定し、受け入れる練習をする。


3)瞑想



実存的危機によって増幅する不安、心配に
意識が押しつぶされることなく、

それを受け入れ、手放し、解放し、
流せるようになるのが瞑想と呼吸法。

衝動的な反応や、自分の意識を
コントロールできるようになってくる。

瞑想と呼吸法を習慣化することで、
内面の落ち着きを高めることができる。

答えのない自問による心配と不安の圧力、

自分の存在や人生の目的を疑問視する
反芻思考を止めてくれ、
「今」に集中することができる。

■執着や反芻思考を止める4つの方法(過去記事)
(別のウィンドウで開きます)

4秒間で息を吸い込み、7秒間息を止め、
8秒間かけて息を吐く。4-7-8呼吸法や
5-3-5呼吸法などから。

最初は5分間でも大変。

だから1分間だけだっていい。

いきなり無我の境地に辿り着くのは不可能。

毎日、決まった定刻にするように習慣化させる。

できそうだからと、
いきなり長い時間、たくさんやろうとしない。

継続するための「継続筋」がついてないから、
ほぼ3カ月未満で離脱するだけ。

1%のカイゼンを続け、
小さな1歩を踏み出し
大きな1歩へと弾みをつける。
■自分を改善するのに必要な4つのこと(過去記事)
(別のウィンドウで開きます)


最初は心の中でカウントする。

邪念や雑念が目の前を単に通りすぎるだけで、
それについて感情、意識、意味付けを与える
必要はない。

ただ出来事が目の前を通り過ぎるだけ。

そしてすぐに再び意識をカウントすることへ向ける。
これを繰り返す。

行動に一貫性を持たせて、継続筋を
ゆるやかにつけて、積み上げていくこと。



4)今を楽しむことに集中する



無味無臭の日常、退屈で、無目的な日々。
つまらない・・・

できる限り人生において
喜びを創造しようと意識する。

・笑う理由を見つける
・特に理由もなく、気まぐれで、流れに任せて何かに挑戦してみる
・興味のあることをやってみる
・子供、恋人、友人と感情的につながる

このように小さな変更点を生活に
散りばめていくことで、

大きな疑問や自問への
心配事や不安が軽減するのに役にたつから。


いかがでしたか?

実存的危機を完全になくすことはできないし、

答えなんてみつかりっこない自問なんだけど、

これを圧力に思い、うなだれ、圧倒され、
この疑問と不安に、

拷問のように縛られるように
捉える必要はまったくなく、

その目的、意味を、
自らで、前を向いて作っていく、
探求していく、掘って、開拓していく心と気持ちが
大事なんじゃないかなってことで。


おあとがよろしいようで。
今日はここまで。
おしまい。