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2020/10/28 14:00



人生にはいたるところにチャンスが転がっている。
これまで生きてきて、どのくらいのチャンスが
あっただろう。

このチャンスと聞いて思い浮かべる意味は
人それぞれ。

生きるか死ぬか、人生が変わるような、
大きなチャンスもあっただろし、
取るに足らない些細なことかもしれない。

チャンスは機会。

人生を長く生きていれば生きているほど、
これまでに膨大な何かをやる、やれる機会と出会う。

・子供の頃にピアノをやる機会
・小学校の頃に公文を習う機会
・学生の頃に友達を作る機会
・進学する機会
・海外に行く機会
・働く機会
・恋人を作る機会
・人前で話す機会
・旅行に行く機会
・結婚をする機会

このように機会は膨大にある。

この機会というのは、

「やった」、「経験した」ものと、
「やらなかった」、「経験しなかった」ものがある。

「●●する機会があった。でもやらなかった。」


そう、いつもやらなかった方を選択して、
大人になってきた人も多い。

そのやらなかった理由は人それぞれで、
やりたいけど、やれなかった、もっと言えば、
できなかったという、やむを得ない事情が
あったのかもしれない。

でも、それができる、やらせてもらえる環境があったり、
やらない理由、やむを得ない事情など、特にないような時に
やらなかった方をあえて選択して生きてきているとなると、
少し事情が違ってくる。

その原因が、幼少のころに、できなかったら
親にきつく怒られたり、責められたりして、
失敗することに恐怖、不安、傷つきたくない、嫌気がさし、

親や先生の顔色をいつもうかがい、回りを気にして、
良い子を演じていたなど、家庭環境に問題が
あったということも1つの原因としてある。

他にも、子供の頃に、自分が望むすべてのものを
手に入れることはできないと教えられ、

欲しがることはよくないこと、悪いことであり、
またそれが手に入れられないと失望、傷心、怒り、
ショックにつながるだけだと解釈をしてしまった場合、

その失望やネガティブな気持ちで傷つき、
不安や恐怖と、自分の欲求に対する恥を避けるために、
自分の欲望のほとんどを抑圧してしまう傾向が
高くなってしまう。

ここで家庭環境が悪い、両親が悪かった
ということを言いたいわけじゃなく、


自分の中の「何か」がいつも自分を止めるようになり、
その中の「何か」は、いつも怖くて不安を感じている
という人も結構多い。

更に、輪をかけて、人はいつしか年齢を重ねていく中で、
様々な経験を通し、やらない方を選択する機会が増えてくる。

そして徐々にその癖がついていき、
その思考回路が太くなっていく。

いつしか、あらゆる機会について、欲望を抑え、
やらない方を選択する方がはるかにラクに、
そして耐えられるようになってくる。

深層心理では、新しい友人、新しい場所、新しい経験など
本当はいつもしたいし、やりたい、参加したい、
その気持ちや欲求は非常に強い。

でも、できないし、やれないし、
それを今やることの意味も分からない。

他の人が人生を謳歌している間、自分はまるで
自分の人生なのに、傍観者のようになってしまっている。

いつも自分を阻んでいる何かがあり、それは
悪いことや賢明でないことからだけではなくて、
良いことや楽しいことからも、やらない方を選んでいる。

自分でも気づいているはず。


本当は、深層では、
抑圧、抑制から開放された自分を
渇望していることを。

心を開き、自分をもっと楽しみたいということを。

でも、解き放つ方法が分からない。
抑圧された殻の中にいる。

自分を卑下し、無力で、
欲求不満、消耗、そして落ち込み・・・

「そんなことやっても無駄だよ。現実をみなよ」
「それやって何か意味あんの?意味のないことをしている余裕はないはず」
「もっと他に大事なことがあるはずだよ」
「外側を見る必要はない。リスクが高いし、どうせ失敗するよ」
「失敗したらどうすんの?傷つくよ?」
「わざわざ自ら傷つきにいくのっておかしくない?やめたほうがいいよ」


こうやって内なる批評家が自分をことごとく
前進したいという声をさえぎられ、

大きな声で、耳元で、全てを否定され、
それらしく上手に、説得され、納得してしまう。

「そうだよね。やっぱやらない方がいいよね」。


自分にはやる資格がないと、
やらないという選択をとってしまう。

それがもう当たり前の領域や疑いようのない
信念的なレベルにまで落とし込みすぎてしまっている。

自分が望んでいた人生を創造することや
自分がこうなりたいと思う理想の姿になることを
妨げている、制限された、抑圧されている信念だった
ということにすら気づくことはない。


そこで、自分自身を解放する方法として、



1)抑制する考えを信じない



当たり前だけど人によって捉える視点、
考えが色々ある。十人十色。

自分が見ている、考えている世界が全て絶対的な
真実ではないということをまずは理解し、認識する。

いつも、やらない方を選択してきた自分。

新しいことを学んだり覚えたりが、
難しそう、不快だ、傷つきたくない、
歳をとりすぎている、お金がない、時間がない、

これらは真実の姿を映しているのではなく、
それらが、やるべきではないと考え、
全てやらない方を選択するべきではない。

昔からそうだった自分。長くそんな自分と一緒にいる。
長く一緒にいるので、それらを信じきっている。
信念化しているといっていい。


でも、その抑圧された感情が
自分の人生を創造する上でどれほど強力に
妨げているかということを理解することは重要で、

何千、何万もの
抑制的な考えに日々耳を傾け、
討論上手な「あー言えばこー言う」
内なる批評家に簡単に納得させられ、

自分自身で、人生のハンドルをにぎり、
人生という道を旅する機会を
奪われてしまっているということを。


自分の人生を、自分でハンドルを握るなんて
バカバカしい、危険だ、そんなことしてどおする?
といった、参加しない、やらない方をとることが
絶対的に真実で、正当な理由なんだという考えが
独り占めしている。


当たり前だけど、それは本来の
自分自身を映してるのではまったくなく、
まったく真実の自分の姿ではないということ。

核となる自身の信念が、制限的で抑圧的。

思考のレンズが曇ってしまっているだけで、
そんな自分が見ている世界、考えこそが
真実なんだと思って生きる必要なんて
まったくないってこと。
そう、抑制する考えを100%信じてはいけないということ。


2)心を開く



抑圧された考えが出てきた時、それら全てを
絶対的に信用せず、ブレーキをはずしてみる、心開く。

否定的な考えや抑圧している考えがでても
「大丈夫だよー。うんうん。とりあえず
制限的で否定的な話は、半分くらいの信ぴょう性で聞いておくねー」として、
あくまで認識程度にしておく。

真実ではない姿なので、
その意見を100%採用し、即座に反応し、
判断はしない。

今まで欲望を制限してきたことが当たり前だったので、
はじめは望んでいるものが自分には何もない、
欲がないように思えるけど、

徐々に面白いそうなこと、
楽しそうなこと、やってみたいこと、
触れあってみたい人やものなど
色々とアンテナが立つようになってくる。



3)自分を落ち着かせて安心させる




自分自身の欲望を再び目覚めさせることで、
不快で否定的な感情がもたらされるかもしれない。

自分が望むことを追いかけること、
やる方を選択するのは恥ずべきこと、

危険で大けがをするように思ってしまったり、
禁止されていることに手を出しているような
罪悪感や苦痛などを感じるかもしれない。

それらは脅威ではなく、抑制のサイクルを
断ち切っていることで起こる、
単なる好転反応です。


怖いと感じるかもしれませんが、
このサイクルを断ち切るのは間違っておらず、

自分自身のために、自分でハンドルを握り、
自分で自分の人生を旅をする、
人生を肯定し、前向きに前進させている証拠だから。
自転車の練習と同じです。


思いやって、励ましてあげ、抱きしめ、
そして安心できる優しい声のトーンで
自分自身に話しかけてください。

「大丈夫だよ。良い感じだよ」と。

どんな感情が生じても、深く、ゆっくりと呼吸して、
神経系を落ち着かせる。

すべてはオールオッケー。順調で快調。
何も悪いことをしていない。

今までの自分という殻、牢獄から飛び出し、
勇敢に世界に足を踏み入れている証拠だから。


抑圧的で制限された旅から、
自分の人生や理想の姿を実現するための旅を
続けるためには、

不快で、否定的、
欲求不満や失望を乗り越える練習をする必要がある。


・望むものに向かって前進している、兆候です。

・間違った方向に進んでいる、
または諦めるべきであるという兆候ではないという証拠

・何か違うことを試み、何か新しいことを学んでいる
過程にあるという兆候。

・自分が積極的に自分の人生に参加し、人間として成長しているという証拠。




4)新しいスキルを学び、行動を起こす



新しいことに実際に取り組む。
刺激的だけど、まだまだ怖いです。
牢獄から抜け出したところだから。

自動車や自転車の運転で
はじめて自分でハンドルを握り、
道路に出た時のように。

でも大丈夫。

ここでもまだ「もうやめときなよ」と訴えてきますが、
どんな感情が襲ってきても
他人に自分のハンドルを握らせてはいけない。

「あー批評家さん、不安や恐怖だぞとまだ言ってるなー」と
無視しようとせず、受け止めてあげるだけでいい。
そのシグナルを傍観してあげるだけでいい。

「でも、大丈夫だよ。優しく包んであげるね」という
優しい言葉を最後に付けてセルフトークする。

ここで、内なる批評家の声や感情を無視したり、
押し込まないこと。

回避行動をとろうと抵抗すればするほど、
その声は大きくなり、自信もなくなり、
自己肯定感の低下につながるから。

避けるのではなく、自分の感情に耳を傾けること。

■回避行動がストレスを生む

そのうち、徐々に声が小さくなり、
モヤのように霞んでいたものが、霧が晴れてくる。
幻しのように。

全てが順調だからです。そのまま続けること。



いかがでしたか?

抑圧の向こう側の心理。
本当の自分の気持ちに気づいてあげ、
寄り添ってあげる。
理解と思いやりを持って自分自身に話しかける。

落ち着き、安心させ、自分にゴーサインを出し、
いつもやらない方を選択してきた自分を置いていき、
やる方を選択する。

先に進み、実際にアクションを実行する。
怖い、または不快に感じても、
行動を起こすこと。

行動を起こしても、今までと違う、新しく、
異なっている世界で居づらかったり、
逃げたい、不安、恐怖、脅威を感じるけど、
でも、そうではないんだということを理解する。

今からでも遅くない。
本当の人生はこれからだから。