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2020/10/27 14:00




人は1日中、365日、自分自身と会話しながら
日々、刻々と時間を過ごしています。

その会話は頭の中、心で繰り広げられ、
それらを思考と呼びます。

四六時中、脳は稼働していて、
あらゆる膨大な事象・現象において、
それら情報を良い、悪いとジャッジし、
意味付けしています。


何も考えないようにぼーっとしている時でさえも、
すぐに色々な思考が沸いては、立ち消え、を
繰り返しています。

脳や心が、「良い」、「悪い」、「中立」という判断をくだして
仕分けしていきます。


それらを判断したあとの処理として一般的に


・「良い」と判断されたものは、もっと把握し理解したく、
追いかけ、持っているものにしがみつきます。

・他のものは「悪い」と判断されるので、
それらを隠し、抵抗し、逃げます。

・そして他のすべては中立とされ、
「ニュートラル」と判断されるため、ほとんどの場合、
完全に無視されます。


つまり「良い」を追いかけ、「悪い」ものから逃げ、
そして「中立」は無視するという
判断で処理される基本的なテンプレートがあります。
これは無意識です。

ただ、この基本テンプレを「そうなんだ」と理解し、
認識して、これらの判断処理こそが、実は自分自身の行動に
モロにダイレクトに影響を与え、直結していることになっていると
予め気づいておく必要がある。

自分が経験する事象、現象、環境は常に中立。
それを意識し、意味付けし、判断し、
そして感情が働き、実際の行動が起きているということ。

どう反応するかはいつでも自分で
選べるということ。

単に事象や現象によって、いつものように
条件付けされて反応し、自動的に判断する。
これではまるで操り人形と同じ。
環境に振り回され、思考も狭く閉じ込めてしまう。

自分という車を条件付けされた判断処理で自動的に
勝手に運転させるのではなく、

自分という車を、
自分でハンドルを握り運転してこそ、
自分であり、自分の人生だということ。

判断力を落ち着かせて、物事をより、
ピュアに真っすぐみることが
大事になってくる。



非判断が大事な理由としては、


1:判断を下さないことで、人生の美しさをさらに広げることができます


何かを「ニュートラル」と「判断」することは、
注意を払う価値がないことを意味します。
しかし、この「中立」の判断を取り除くと、
人生のあらゆる側面に存在する美しさや不思議さを
見る機会が増える。時間をかけて注意を払えば、
どんな活動も素晴らしい、豊かな体験になる。



2:判断を下さないことで、快楽順応サイクルに陥るのを防ぐ



快楽順応とは、どのレベルに達しても更なる幸せを追及する
状態で、決してゴールには到達せず、ずっと不満状態であり、
延々にランニングマシーンの上を走っている状態。

これを英語で、ヘドニック・トレッドミル
という心理学用語で現され、
ヘドニックは快楽、トレッドミルとはランニングマシンのこと。
快楽のランニングマシン。

多くの不満は、より多くを求め、果てしなく終わりのない
快楽と欲望を駆り立てていきます。
お金、地位、業績、物欲・・・

これらは自分が今持っているものでは
不十分や不足しているという判断から来ています。

その判断を手放すと、自分の今いる場所、
既に持っているものにフォーカスでき、
たくさんの前向きな資質、自分の強みやポテンシャルを改めて
気付くことができる。


3:判断を下さないことで、ストレスから守る




「悪い」という判断することで、
不安、恐怖、ストレスを引き起こすストレッサーとなる。

ストレッサーとはストレスだと知覚する
引き金、原因という意味。

でも、この「悪い」という判断を手放すことで、
これらストレスの苦しみから解放されます。



4:判断を下さないことで、素を見ることができる




自分の判断に反応するときというのは、
単にそこにあるもの、無色透明なパレットへ、
自分の考える色を塗りたして、自分で
解釈しているだけであるということ。

それらの判断を手放すことは、
実際の、素のまま、本来の、ピュアに物事を、
まっすぐ見ることに役に立つ。



経験するたびに、心の中で生じる
自動判断を手放すこと。

対象について、それ以上のことを把握したり、
抵抗したり、経験を無視したりすることはしない。
ただ存在するだけ。

判断を下さないというのは、
判断が起こらないようにするということではない。
それは不可能だから。

判断するのは心、脳の性質だから
それはもう仕方のないこと。

その代わりに、判断したとしても、
捉え方を変えることが重要。

その判断はあくまで一時的な考えであって、
それらが自分の心の中で生じたという理由だけで、
簡単にそれに流される必要はないということ。

つまり、何かストレッサーに反応して
「うぜーっ」て判断し感じ、
それがストレスになったとしても

その判断は一時のもんだし、
あえてストレッサーに
無条件に反応する必要もないよってこと。


こういうことを理解していないと
無条件に反応し判断して
無条件にストレスを溜めることになる。


苦しみですら任意だということ。


そこで、その瞬間の一時的な考えを手放すものとして、
「感情をラベリングすること」が、
世界中の心理学者やお偉いさんが
メンタルヘルスですすめてくれているので
それをまとめた。


自分の考えを観察する。
何を考えているか、何を感じているかを認識する。

自分の考えとストレス反応を
引き起こす間に、距離を置ける、一歩引いて見れる、
スペースを作ることができる。

心がさまよっている時、感情をラベリングすると、
思考に迷い、過去または未来の出来事について反芻する代わりに、
今に気づきを高め、目覚めさせてくれる。

1:静かな、落ち着いた場所に座り、目を閉じる
2:数秒以内に、ある考えが、心に漂っているのに気付く
3:穏やかな好奇心を 持って考えに注意し、1語でまとめます。
「これは恐れです」「心配です」「怒りです」
「望んでいる」、「計画している」、「抵抗している」、「覚えている」など。
単にそれらを説明している、客観的に
これらを目撃しているだけです。分析したり判断したりしない。

4:通り過ぎさせる。思考や感情にとらわれたいという衝動に抵抗し、
やがてそれは通り過ぎるようになる。
雷雲が通過しているのを傍観しているように。
考えに抵抗したり、抑圧したりせず、それらが存在することを
軽く認めているので、通り過ぎることができる。
優しい優しい内なる声を使って、ラベリングのトーンにも注目する。

心がどのように機能するかを観察し、
パターンにある程度慣れてくると、自動化された判断や
感情から、自然と距離をとることができる。


定期的に、ラベル付けを練習することで、
いつもと違う脳の思考回路を作っています。
脳を再配線していきます。

今までの自動化されていた判断という道に
新しい道ができ、枝葉ができたようなもの。

いつもの思考から抜け出し、自分と思考の間にスペースができ、
反応するのではなく自分で選択して応答することを可能にします。

事象、現象に振り回される単なる乗り物、
あやつり人形ではなくなります。

役に立たない反芻思考や先入観に
とらわれることが少なくなります。

気づき、目覚め、より意識的で
意図的に生き始めることができるってこと。


自分のハンドルを握るのは自分だけ。

他人に握らせない。


また体のストレス反応を落ち着かせ、
抵抗を和らげ、即座に、感情的に反応することが低下し、
一歩引いてみることができるようになる。


神経科学の研究は、思考のラベリングが感情を調整し、
体にリラックス効果を生み出し、
ストレスや感情的な動揺の時に洞察を促進するのに
役立つことが示されています。

自分の考えにとらわれるのではなく、
より多くの選択肢があることにも気づく。


過度の没頭や反応から解放され、
落ち着きを取り戻し、人生の良いことに
向きを変えることができるってことで。

感情のラベリングは必要に応じて何度も
何度もやり、また瞑想に入る前段階としてやっても効果的。

目を閉じ、ぽっと浮かぶその感情こそがヒント。

習慣化することでマインドフルネスの
筋肉が強化されていきます。



おあとがよろしいようで。
今日はここまで。
おしまい。